ルビスコくんの日記

博士学生の日記です。考えたこと、学んだことを書きます。

久しぶりに映画を観ました。

先日、Amazonのプライム・ビデオで『セッション』(監督・脚本はデミアン・チャゼル、主演はマイルズ・テラー)という映画を観た。僕は普段全く映画を観ない。観たとしてもジブリやディズニーなどのアニメ映画がほとんどだ。最後に観た映画は『ワイルド・スピード スカイミッション』で、『セッション』のような映画とは別の種類の映画である。久しぶりに実写の映画を観て感動したので感想を書きます。ちなみに最後までネタバレありです。

 

あらすじ=====

主人公のアンドリュー・ニーマンはアメリカで最高の音楽大学であるシェイファー音楽院で、友人や家族ともあまりうまくいかない中でもドラムの稽古に日々一人励んでいた。そこへ別のジャズバンドの指揮者であるフレッチャーは彼の才能に目をつけ、自分のバンドに招き入れた。彼の指導は非常に厳しく、音程やリズムがずれようものなら怒鳴り散らすだけでなく椅子を投げつけるわ人格否定はするわで、明らかに鬼パワハラ指揮者だった。しかしそれでもニーマンは文字通り血の滲む練習と運もあって最年少にしてバンドの首席奏者になる。「ドラムの練習の邪魔になる」といってせっかく仲良くしていたガールフレンドのニコルとも別れ、早朝から深夜まで、ドラム漬けの日々を送った。しかし、不運にも音楽フェスの当日に交通事故に遭い、それでも血だらけで演奏をしようとしたのだが、そんな状態で演奏などできるはずもなく結局演奏を台無しにしてしてしまう。そこに「無能め。お前は終わりだ」と罵倒され逆上して舞台でフレッチャーに殴りかかって退学処分になった。ニーマンはドラムをやめ、父の勧めにしたがって匿名でフレッチャーの暴力的な指導の話を弁護士にすることにした。そしてそれによってフレッチャーは音楽院を辞することになった。ある日二人はジャズ・バーで再会し、フレッチャーは「自分が学生を殴るのは、彼らにジャズ界の伝説になってほしいと願うからだ。自分の仕事はバンドを前に腕を振ることではない。偉大なミュージシャンを育てることだ。自分のやったことに後悔はない」「最も罪なことは"Good Job"と中途半端にほめそやすことで才能が腐っていくことだ」と自らを擁護する。さらに、フレッチャーはJVC音楽フェスでニーマンにドラムを担当してほしいと願い出た。ニーマンは戸惑いながらも申し出を聞き入れたが、フレッチャーは彼に嘘の曲目を伝えていた。当日、舞台で本当の曲目(「ティム・シモネックの『アップスウィンギン』)を告げられ、ニーマンは大恥をかかされる。フレッチャーは彼が密告をしたことを知っていたのだ。曲が終わり、ニーマンは退場し父親に慰められるが、すぐさまドラム台に戻って指揮者を無視し『キャラバン』を演奏し始めた。バンドはニーマンについていき、さらに指揮者もそれに合わせるしかなかった。フレッチャーは最初は戸惑いながらも、どんどん研ぎ澄まされていく鬼気迫るドラムソロを指揮しながら音楽の中に入り込んでいき、最後には笑みさえ浮かべるのであった。

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ラスト10分の疾走感と高揚感、そして最後の J・K・シモンズの一瞬の歓びの表情で突然エンドロールに入って、僕は何が起こったのかしばらく理解できないでいた。

感想

 フレッチャーが異常なのは明らかだが、ニーマンもそれなりにおかしいところがある。彼は非常にプライドが高く、ドラムを成り上がるための手段にしているような印象を僕は持った。そのためにはかわいい彼女だって傷つけるような人間だ。こんな人たちが美しい音楽を創れるのだろうか?と疑問を持っていた。その答えが最後の10分(正確には9分19秒らしい)だ。このセッションを始める動機は明らかにフレッチャーへの仕返しだったが、しかしそんな負の感情を持って始まったものでも彼らには最高の音楽になった。よく、集中が極限に達すると人間はフローという状態を体験すると言われる。僕はそんな状態にはなったことはないが、よく聞くのは「自分という意識が消え去り他人や周囲との境がなくなり、一体化する」ような体験らしい。一種の悟りの境地だ。

 この二人は、ともに音楽への冒涜をしている。フレッチャーは音楽を通して多くの人を罵倒し傷つけ、ある者は自殺を選んでしまったほどだ。そしてニーマンはフレッチャーに対して個人的な恨みを、音楽を利用して果たそうとしたのだ。しかし、セッションが始まり無の境地に達してしまえば、そんな負の感情はすべて消え失せ、音楽は二人を純粋な体験に引きずり込んでしまう。音楽の前では人はみな平等に純粋になるのだ(そこに達するまで道を極めた者ならば、という条件付きだが)。この映画は、そんな強い、狂った力を音楽は持っているという、音楽への讃歌なのだと思った。そして、そんな超自然的な体験をさせてくれる音楽は人間によって作られるのだという矛盾も、この映画を魅力的なものにしている。

 これまで全然映画を観てこなかったけど、これを機に映画もたまに観るようにしようかな。