ルビスコくんの日記

博士学生(D2)の日記です。考えたこと、学んだことを書きます。

原爆と平和教育

僕が通っていた地元の小学校は、今から思い返すと平和教育に力を入れていたように思う。6年生のころは、総合教育は平和学習になることが多かったし、修学旅行では広島に行って原爆ドーム原爆資料館を見学した。この修学旅行ももちろん平和学習の一環で、修学旅行前にも広島で被爆されたかたを招いて講演をしていただいたり、学年全体で体育館でろうそくに火をともして平和の祈りの歌(原爆の歌)を歌ったり、視聴覚室で原爆に関するビデオを見たりしていた。

 こういうことはどこの小学校でも当たり前に行われている行事だと思っていたが最近どうもそうではないらしいことを知人と話していて知った。僕は小学生のころに広島にいけてよかったと思っている。なにより、あの原爆資料館でみた、原爆で皮膚を焼かれた人が水を求めてさまよい歩いている人形がある光景は一生忘れないだろう。あの、絶望するほど暗くて歌っているととても悲しい気持ちになる原爆の歌も、この年になってもまだ歌える。最近よく「若者が原爆の日終戦記念日も知らない」と大人が嘆いているのをニュースでよくみるが、それはそういう教育に力を入れていないだけのことで、小学生くらいのころにきちっと教育すれば不思議と忘れないものなのだ。プログラミングやら英語なんかよりも、ずっとずっと、大切なことだ。絶対にあの戦争のことは忘れてはいけないのだ。

ただ、この平和教育にも少し足りないところがあったと感じた。戦争の悲惨さ、残酷さ、反戦を訴えるだけで、なぜそのような戦争が起きなければならなかったのか、についてほとんど考えることがなかった。確かにあまり歴史を知らない小学生にそこまでするのは難しいかもしれない。それなら中高校生にそういう時間を割いてしっかりと考えさせるべきだと思う。あの原爆は軍部の呆れるほどの無能さとアメリカ軍の無慈悲さが招いた結果だということを僕が知ったのはついここ数年のことだ。自戒をこめていうが、もっとあの戦争の歴史のことを勉強するべきだと思う。小中高と、そういう一貫した平和学習のカリキュラムがあっていいように思う。なにより、これから戦争を体験した人がいなくなっていくのだから。