ルビスコくん空を飛ぶ

博士学生(D1)の日記です.日記に加えてプログラミング(R)のメモ書きもします.

ありあまる富

本物の富は、あなたが持っているものでも、他人からの評価でもなく、あなたの心の中にある。

それは他人からはみえないし触れることもできない。ましてや盗むこともなおさらできない。心の貧しい人々は、自らの空っぽな心を物質あるいは名声という空虚なもので埋め合わせようとするが、彼らはいくらその方向で頑張ったところで埋め合わせはできないので、本当の心の充足を知る人々に嫉妬し、蹴落とし、彼らからいろんなものを奪ってしまう。でもそんなことをしても、心は満たされず貧しくなる一方だし、その人々から本当の宝を奪うことはできない。その宝は人間の心から生まれるので、心を奪わない限り盗めない、つまり原理的に盗むこことはできないのだ。極端な話、その人々はたとえ牢屋に閉じ込められて身体の自由を奪われたとしても、思索を止めることはないししたがって幸福であることをやめない。だが不自由それ自体は不幸なことである。もちろんこれは極端な話だが、こんな不幸が世界では大小あれど起こり続けている。

心の貧しい人は、人々の心から幸せをなくせはしまいかと、言葉で他人の心を傷つける。優しい心の持ち主は彼らの言葉にときに傷ついてしまうこともあるだろう。だが、その賢明さでいずれ彼らの言葉に嘘や虚勢が含まれていることに気づく。そして傷ついた分だけ、痛みを知った分だけ他人に優しくなって、ますます彼/彼女の心は本物の富で満たされていくのである。

心の中にあるそれこそが真の幸福である。それは誰からも不可侵である。ただ、その性質ゆえに直接共有もできず、言葉によってしか他人に伝えることができないという意味で孤独でもあるのだが。