ルビスコくんの日記

博士学生の日記です。考えたこと、学んだことを書きます。

小説を読む段階

僕は読書が苦手だった。小学生の頃からマンガやゲームのほうがずっと好きで、学校の図書館で借りたことのある本は『ブラック・ジャック』と『かいけつゾロリ』と『忍たま乱太郎』シリーズである。そんな調子で中学・高校に入ってさすがに親が心配し始めて、「なんでも良いから本を読みなさい」と言われたが、馬の耳に念仏だった。そのころはクラシック音楽に夢中になっていたのだ。自分の部屋に閉じこもって、お小遣いで買ったCDや、NHKのFM放送を録音したものをコンポで聴くのが楽しかった。読書なんて国語の授業で十分だし、なんでそんな地味でつまらないものにお金を出すのか理解できなかった。

 そこに、高校の授業で川端康成の『掌(たなごころ)の小説』のなかの一編が紹介された。もうどんな物語だったか忘れてしまったが、とにかくそれに「こんなに美しく、なんとも曰く言い難いむずむずした気持ちにさせてくれるものか」と感銘を受けた。そして本屋に行って文庫本を買って、一気に読んだ。それまでほとんど小説を読むといえば国語の授業でだけだったので、授業とは別に自分で勉強しているようで、ひとつ賢くなったような気分だった。そして、それを機に他の作家の小説も読むようになったのだが、その熱は1年と続かずにやめてしまった。それは「作品・著者に影響されすぎる」からだ。特に小説を読むと、生活が、思考がその作者のモードになってしまう。普段考えていることも読んだ本の作者の文体になってしまうのだ。太宰治の『人間失格』なんて読んだときは本当に自分が嫌いになって何をする気にもなれなかったし、三島由紀夫を読んだときは周りのものの色彩が強調されすぎているような錯覚(暗示)に陥ってしまう。村上春樹の長編小説を頑張って読んだら、どこか現実からは一歩引いたような冷めた思考に囚われた。「やれやれ」と心の中でつぶやいていた自分を思い出すと目頭が熱くなってくる。とはいえ、僕は「読書するとそんなモードに入ってしまう」という事実を数ヶ月後には忘れてしまうので、読書ペースは半年に1冊ほどに落ち着いた。

 そしてようやく最近(ここ3,4年)小説をまともに読めるようになってきた。それは小説を相対化することができるようになったからだと思う。物語のなかには入っていくのだけど、同時に作品を楽しむ視点ももつ。というのは案外読書の習慣がない高校生からすると高度な技なんじゃないかなあと思う。読書の相対化に気づいたのは、面白いことにマンガ「遊☆戯☆王」について友達と話していたときだった。このマンガの登場人物たちは、(僕ら大人にとってはただの遊びである)カードゲームに、文字通り命をかけている。デュエルに負けて闇の世界に落ちたデュエリストは数知れず。小学生の頃はそんなツッコミどころには疑問を持たずに純粋にワクワク楽しんでいたのだが、さすがに高校生や大学生になるとそれはネタになる。大学生の頃はそんなアニメが編集された動画をニコニコ動画で見て一人部屋で見てニヤニヤ笑っていた。その感覚を読書にも活かせばいい。「いや、そんなんありえへんやんけワロタww」というツッコミの視点を持って小説を読めば、まあ、最低限小説に入り込みすぎて気持ち悪くなるという事態は防げるだろう。(ただ、これをやりすぎると逆に小説が純粋に面白くなくなる場合があるのでバランスは必要)。

 もうひとつ、読書に関してやってよかったのは、読むのを完全にはやめなかったことだ。高校のときに小説を読んで、なんか生活が変になった、オカシイぞと違和感をバリバリ感じてても、その体験をその都度忘れながら年に数冊は読んでいた。そのおかげで、今は普通に読書を楽しめるようになっている。なので、読書に対して耐性がない高校生のときの僕のような人でも、年に1,2冊くらいは本を読もう。別にラノベでもなんでもいい。本屋に行って本を買うという行為を完全にやめてしまわなければ、とりあえずはいいんじゃないでしょうか。と、高校生のころ自分が持っていたような感覚に悩まされている人に伝えたい。

日本のエスカレータ問題

 
日本ではなぜか全国どこでも片側を空けてエスカレータに乗るのが、一種のマナーのようになっている。エスカレータに乗って歩かない人は左側に(西日本では右側)寄って、歩く人のために右側を空けてあげるのだ。そうするのが普通だと僕も数年前まで思っていた。ところが、それは利用者が勝手に生み出したマナーのようなものであって、そんな乗り方は本来よろしくないというのが実際のところらしい。なぜならエスカレータはそもそも歩くためにあるものではないからだ。エスカレータは人が二人分しか通るスペースはなく狭いうえに、各々大小の荷物を持っているため、人と接触する可能性が高い。そんなところで歩くのは危険だというのが、歩行禁止の理由である。あと、片側に常に偏って荷重がかかることでエスカレータの寿命が縮むという話も聞いたことがある。詳しいことはここに書いてある。
 特に最近は、そういう事故が多いのかしらないが「エスカレータでは歩かないで、2列に並んで手すりにつかまってお乗りください」といった注意書きがいたるところで見られるようになってきた。が、それでもこの片側空けの風習は崩れていない。とはいえ、利用者は何も見ていないわけではないだろう。エスカレータで歩くのがよくないことであることは、皆知っているはずだ。あれだけあちこちに注意喚起のポスターが貼ってあるのだから目に入らないわけがない。ということは、以前は「片側を空けて歩く人の道を確保しましょうねー」だったのが、今では「周囲への危険を冒してエスカレータを歩くヤツのために、注意書きも無視してわざわざ片側を空けている」という、もはやよくわからない状況になってしまっているのである笑。
 人が多いところになると、たいてい片側(歩くレーン)が空いているのに、歩かないレーンに乗るために行列になることが多い。歩きたくなければそれに並ばなければいけないし、並ぶのが嫌なら歩くレーンを「歩かなければいけない」のだ。僕はエスカレータでは歩きたくないし歩かないレーンの列に並ぶのも馬鹿らしいから、最近は歩くレーンで歩かずに乗っている(注:さすがにラッシュアワーでそんなことする勇気はありません。人が比較的少ないとき限定です)。そうしてみて驚くのが、そういう浮いたこと(でも正しいこと)をするやつが一人現れても、後ろに誰も続かず、相変わらず歩かないレーンで順番に乗り続けるのだ。最初の一人が出たら恥ずかしさも多少なくなるはずなのに(だってその歩くレーンを止めてるのは二番目じゃなくて先頭で止まっているやつのはずでしょ)、それでも頑なに歩かないレーンを選び続けるのだ。片側空けルールを破る最初の一人になりたくないというのはわかる。後ろで歩くレーンを歩いて自分の後ろで止まったらプレッシャーになるし、何より歩いて来たのが話の通じないオカシイやつだったら怒られるなどのトラブルになるかもしれないからだ。でも歩くレーンで2番目以降だったら、話の通じないヤツだってさすがに2番目の人に当たってきたりはしないだろう。そういうことは直観でわかるはずだと思うのだが、それでも行動に移さないというのはさすがにものを考えなさすぎだと思う。だから僕は驚いたのだ。
 このエスカレータ問題に見られる「マナーを守らない一部の人の邪魔をしないために周囲の人間が行動してあげる」というのは実は社会のいたるところにある。(もはやマナー云々の次元ではないが)いじめ、アカハラ、セクハラなどが行われる現場では、それを見て見ぬふりをしたり、「お前にも非はある」「とにかく教授が言ってることだから我慢しろ」と邪魔をしないどころかほとんど加担している人がいるはずだ。もしかしたら半分以上の場合がそうかもしれない。そうでなければこんなにも毎年自殺者が出ないだろう。この、加害者が加害しやすい環境をつくっているのは、他でもない傍観者なのだ。この国でエスカレータの独自ルールがいつまでたっても崩れないのは納得できる。

苫小牧のミール

苫小牧市科学センターのミールを見てきました。といって伝わるのはごく一部のマニアさんしかいませんよね笑。ミールというのは、1986年にソ連ソ連ですよ、ソ連!)が打ち上げた、世界初の長期滞在型宇宙ステーションのことです。展示されているのはコアモジュール(パイロットの居住スペース)と天体物理観測モジュールのみです。すごいのが、苫小牧にあるのは、実物なんです!展示用の模型じゃなくて、中身の機械が全部本物。ただし、予備機です。本機の打ち上げに失敗したとき用につくられたんですね。(そりゃあ、本機じゃないのはちょっと考えればわかりますよね。打ち上げられて15年経って役目を終えた人工衛星はどうするかって、大気圏に落として燃やしてしまうに決まっています。記念に残したいからってわざわざ大気圏突入用のカプセルに入れて地上にソフトランディングさせるなんてやってられません。)で、ミールの打ち上げは一度で成功したために、ソ連は余った予備機を89年に日本企業に売って、そして最終的に苫小牧市に寄贈されたということです。89年って、バブル期で金がありあまってたんでしょうねえ。

f:id:pam715:20180930225517j:plain

僕が生まれた頃には崩壊していたソ連の国旗。全然馴染みがないw

 

面白かったのが、宇宙では重力がないから宇宙飛行士は床に立ったような姿勢で寝れるんですね。ただ寝ている間に体がふわふわと浮いていかないようにシュラフは壁に固定されていました。なるほど、重力さえなければベッドというやたらと部屋の面積をとる代物が要らなくなるのか。

f:id:pam715:20180930230407j:plain

今日は完全に日記の記事になりましたね。最後まで読んでくれてありがとうございます。

ありのままのワタシ

親子の関係は、親が子を正常に愛してさえいれば、そこまで複雑な問題ではない。そのような関係では、親が子供のことを「自分の子供である」というそれだけの理由で愛してくれる。つまり子が何かを相手(親)に与えることをしなくてもいいのだ。

 しかし、友人関係は違う。何も条件のないように見える友人関係でも、その中にはちゃんと価値のやりとりがある。ここでいう「価値」とは、笑いであり、有用な情報であり、癒やしであり、承認である。例えば、人の悪口と自慢話しかしない人からは、人は逃げていくはずだ。それは、多くの人にとってその人と付き合ってもメリットが無いばかりかデメリットだらけだからである。一方で、黙っていてばかりでも面白くない。ずっと黙ってしかも相手の話を聞いていないときたら、誰だって友達になってはくれないだろう。

 幼い頃から両親や親戚から無条件で承認されて育つと、この「価値の交換」にちょっとした違和感を覚えてしまう。そして中学・高校生くらいになると部活など様々なコミュニティに属することになり、その「コミュニティの一員」としての自分を通して友人関係を築くことになる。さらに就職すると、職場では「仕事をする人間」としてさらに厚いフィルターがかかる。会社の同僚があなたに会ってくれるのはあなたが会社にいて仕事をするからであり、親のように最初からあなた自身を思ってくれる人なんていないのだ。

 これは僕が子どものころから薄々感じていたことだ。「この人達は、僕がこの学校の生徒だとか、ここの部員だから僕と話をしてくれているのであって、僕自身をそのまま受け入れてくれてるわけじゃない!一人の人間として大切にしてほしい!」とか僕は思ってました。中二くさいですねー。これはかなり自己中心的な考えだ。ほとんどの人との出会いは学校などの組織のなかで生じるのだから、「組織の一員としてではなく、ありのままの自分を認めておくれ」なんて無理な話だ。それに、自分のことを認めてほしいならまず相手のことを認めようとするべきだ。

祖父

今日、祖父に半年ぶりに会った。僕の祖父は今年で90歳で、もうかなり元気がなく弱っている。ずっと、閉め切った暗い部屋でテレビをつけて布団の中で寝ていて、することといえばたまにトイレに行ったりテーブルの上にあるお菓子をつまむくらいだ。最近では出されたご飯もろくに食べないらしい。トイレまで尿意を我慢することができないためおむつをしているのだが、おむつを自分で替えないうえに他人に替えてもらうのも断固として拒否するため、許容量を越えて布団に漏れてしまっている。そのため、部屋はかなり臭った。ほとんど掃除されてない公衆便所のような臭いだ。
 そんなある種特殊な空間である祖父の寝室に入って、僕は布団のなかに横たわっている、やせ細ってものも満足に言えない・聞けない祖父を見た。ほとんど肉のない痩けた頬を震わせて、僕の顔を見て口をパクパクさせているが、ところどころしか聞き取れなかった。何度も聞き返す。そして僕は、この一年で別人のようになってしまった祖父の姿に、生の本来の形を見たような感覚になった。「そう、生とは本来、このように臭く汚いものなのだ。僕らは教育を受け、文明の力を使ってそういう醜い部分を見えないところに追いやっているのだ」と。しかし、よく考えると、この時点で僕は祖父を「生きている存在(なにか)」としか見ていなかったように思う。ほとんど意思の疎通ができない祖父に対し、これまでの祖父と同じように接することができなかったのだ。祖父の人格が、取りさらわれてしまって、目の前にいるのはこの数年間でだんだんと祖父ではなくなってきた何かであるような感覚だった。
 悲しい気持ちになりながら、祖父に敬老の日のプレゼントを渡した。元気だったときからずっと好きだった洋菓子だ。そのお菓子のことを祖父はちゃんと覚えていたようで、しわしわの手でお菓子を確かめながら、「これ案外おいしいんやで。自分らも食べや。」と、途切れながら、聞き返されながら、何度も勧めてくれた。ああ、こんなになってもおじいちゃんはおじいちゃんなんだ。祖父は元気なときからサービス精神が旺盛で、人をもてなして喜ばせることを何より大事にしていた。頑固で医者嫌いで、絶対に病院には行かないせいでこんな状態になったところもかなりあるため、家族は手を焼いていたのだが、ちゃんと僕たちの好きな祖父もいたんだ、と思えた。
 我々が帰ろうとしていると、祖父は手をゆっくりと差し出してくれた。僕らが幼い頃からずっと、別れるときに交わしてきた握手の挨拶だ。「ありがとうな」。もしかしたら、本当にこれが祖父との最後になるかもしれない。そう思いながら僕は、しわだらけで弱々しく、ちょっと冷たい、でも確かな祖父の手を握って「うん、ありがとう」と言った。祖父は、確かにそこにいたのだ。

恋バナをしよう

僕がいる研究室の飲み会は、なんだろう、率直に言うとあまり盛り上がらないのがちょっとつらい。メンバーがそんなにしゃべらない人が多いし、一歩踏み込んで話すのを遠慮している空気がある。飲み会の序盤は特に静かで、教授なり誰かが話題をふってそれについて各々しゃべる形になる。しかもその話題がけっこうな確率で当たり障りないんだよなあ泣。当たり障りのない話題について当たり障りのない話をする飲み会は地獄だ。まあ、そういうのは続いて中盤までで、飲み会の間ずっと地獄というわけではないんだけど。

 そう、そこでこんな状況を打破するために、僕が飲み会を盛り上げてやろうと思います!恋バナで!誰でも参加できる、しかもなにかしらの経験がある。どんなにモテないやつでも、中学高校大学と進んできて一人も好きな人がいないなんてさすがにないだろうし、どんな人でも恋愛について自分なりの好みや考えがあるはず。それを引き出してやれば、メンバーの個性を浮き出させることができる。普段研究のことを中心に話をしている人がどんな恋愛観を持っているのか気になりませんか?とりうる戦略としては次の2つ:

 これはけっこう面白いんじゃないだろうか。既婚の人なら尚更聞きやすいし、本人も自分の話を興味を持って聞いてもらえるのだから悪い気はしないはずだ。「OOさんって、XXなところがすごく素敵だと思うんですけど、モテるんじゃないですか?」と自分が思うその人の魅力をあげることで「あなたの体験を、飲み会の話題のネタとして消費するのではなく、それ自体に興味がある」と含みをもたせることで話しやすいようにすればいいんじゃないかと思う。それを引き出せれば、それに対して感想を言ったり、一般化するなり特定のワードで話題をスライドさせていったりすることができる。

  • 自分の失敗談を話す

 人は他人の自慢話なんて聞きたくない。自分を大きく見せようとする態度は、なんとなく悟られてしまう。だから、自分を小さく見せるために自分の恋愛の失敗談を話してみるという方法。ただ、なんの前触れもなくいきなり自分の体験を語り出すのは不自然なので、相手の話を引き出してからこの話題を出したほうが吉か。「そうなんだー。俺なんかさ〜」と相手の話を聞いてから低いところから語り始めて、ちゃんと笑えるように話を作れば場も和むはずです。注意するのは、あまりに重い話や自分の中で消化できていない笑えない話をしてしまうとしんみりしてしまう恐れがあるし、自分の傷口を晒してしまうと自分がつらくなるかもしれないということ。

つらつら書いたけど、結局盛り上がればそれでいいんです。

いいオンナの条件

どんな条件を満たしていればいいオンナといえるか?

基本的に、僕が重視しているのは「自分にはないものを持っている」と「共有」です。

  • 「美しいもの、楽しいものセンサー」を持っている

別に芸術に詳しくなくてもいいのですが、日常生活のなかで美しいものに気づける人は、それだけで魅力的です。例えば、二人でいつもの帰り道を歩いていて、夕焼けがきれいだったとしましょう。それを見て「きれい」「美しい」と言えるか。口に出さなくてもいいから、できればその景色を味わえるだけの余裕を持っていてほしいです。あと、僕が気づかないものの価値を気づかせてほしいです。

  • ちゃんとエロい

男女の関係なのだから、性については最低限の興味は持っていてほしいなと思います。やたらとエロいのはそれはそれでちょっとどうなのかなー、経験したこと無いからわからないや笑。

  • 読書・漫画・音楽・映画を鑑賞する

これも「共有」系です。これはかなり重視します。自分がいいと思ったものは好きな女性に読んでもらいたいし、彼女が面白いと思ったものは僕も見てみたい。で、お互いの感想を言い合ったりするのって僕にとって理想のカップルなんです。趣味が合わない場合はそれはそれですが。人間どうしても失敗したくないという心理が働くため、自分が選ぶものはどうしても自分が好きなものに偏ってしまいます。それをちょっとでも壊してほしい。そして僕は映画をこれまでほとんど見てこなかったから、いい映画を教えてほしい。ところで読書も漫画も音楽も映画もみない人って、ほんと何してるんでしょうね。いや、さすがにそんな人いないか笑

  • 夢がある

自分の夢を持っている女性を応援したいという気持ちが僕にはあります。ただし自分一人で現実する夢であること。つまり「家族で〜」とかじゃなくて、自分で自己実現をしてほしいです。仕事に関係する夢じゃなくても、「めちゃくちゃ美味しいパンを焼きたい」とか「庭にミニチュアの汽車を走らせたい」「数学を理解したい」「人に優しくなりたい」なども、素敵な夢です。

 

細かいのでいうと、声の大きさと声質(ハスキーは苦手で、少し低め芯がぼやけた曇った声がいい)とかいくらでもありますが、ここでは人間性で大事なものを4つ挙げてみました。

久しぶりに映画を観ました。

先日、Amazonのプライム・ビデオで『セッション』(監督・脚本はデミアン・チャゼル、主演はマイルズ・テラー)という映画を観た。僕は普段全く映画を観ない。観たとしてもジブリやディズニーなどのアニメ映画がほとんどだ。最後に観た映画は『ワイルド・スピード スカイミッション』で、『セッション』のような映画とは別の種類の映画である。久しぶりに実写の映画を観て感動したので感想を書きます。ちなみに最後までネタバレありです。

 

あらすじ=====

主人公のアンドリュー・ニーマンはアメリカで最高の音楽大学であるシェイファー音楽院で、友人や家族ともあまりうまくいかない中でもドラムの稽古に日々一人励んでいた。そこへ別のジャズバンドの指揮者であるフレッチャーは彼の才能に目をつけ、自分のバンドに招き入れた。彼の指導は非常に厳しく、音程やリズムがずれようものなら怒鳴り散らすだけでなく椅子を投げつけるわ人格否定はするわで、明らかに鬼パワハラ指揮者だった。しかしそれでもニーマンは文字通り血の滲む練習と運もあって最年少にしてバンドの首席奏者になる。「ドラムの練習の邪魔になる」といってせっかく仲良くしていたガールフレンドのニコルとも別れ、早朝から深夜まで、ドラム漬けの日々を送った。しかし、不運にも音楽フェスの当日に交通事故に遭い、それでも血だらけで演奏をしようとしたのだが、そんな状態で演奏などできるはずもなく結局演奏を台無しにしてしてしまう。そこに「無能め。お前は終わりだ」と罵倒され逆上して舞台でフレッチャーに殴りかかって退学処分になった。ニーマンはドラムをやめ、父の勧めにしたがって匿名でフレッチャーの暴力的な指導の話を弁護士にすることにした。そしてそれによってフレッチャーは音楽院を辞することになった。ある日二人はジャズ・バーで再会し、フレッチャーは「自分が学生を殴るのは、彼らにジャズ界の伝説になってほしいと願うからだ。自分の仕事はバンドを前に腕を振ることではない。偉大なミュージシャンを育てることだ。自分のやったことに後悔はない」「最も罪なことは"Good Job"と中途半端にほめそやすことで才能が腐っていくことだ」と自らを擁護する。さらに、フレッチャーはJVC音楽フェスでニーマンにドラムを担当してほしいと願い出た。ニーマンは戸惑いながらも申し出を聞き入れたが、フレッチャーは彼に嘘の曲目を伝えていた。当日、舞台で本当の曲目(「ティム・シモネックの『アップスウィンギン』)を告げられ、ニーマンは大恥をかかされる。フレッチャーは彼が密告をしたことを知っていたのだ。曲が終わり、ニーマンは退場し父親に慰められるが、すぐさまドラム台に戻って指揮者を無視し『キャラバン』を演奏し始めた。バンドはニーマンについていき、さらに指揮者もそれに合わせるしかなかった。フレッチャーは最初は戸惑いながらも、どんどん研ぎ澄まされていく鬼気迫るドラムソロを指揮しながら音楽の中に入り込んでいき、最後には笑みさえ浮かべるのであった。

**********

 

ラスト10分の疾走感と高揚感、そして最後の J・K・シモンズの一瞬の歓びの表情で突然エンドロールに入って、僕は何が起こったのかしばらく理解できないでいた。

感想

 フレッチャーが異常なのは明らかだが、ニーマンもそれなりにおかしいところがある。彼は非常にプライドが高く、ドラムを成り上がるための手段にしているような印象を僕は持った。そのためにはかわいい彼女だって傷つけるような人間だ。こんな人たちが美しい音楽を創れるのだろうか?と疑問を持っていた。その答えが最後の10分(正確には9分19秒らしい)だ。このセッションを始める動機は明らかにフレッチャーへの仕返しだったが、しかしそんな負の感情を持って始まったものでも彼らには最高の音楽になった。よく、集中が極限に達すると人間はフローという状態を体験すると言われる。僕はそんな状態にはなったことはないが、よく聞くのは「自分という意識が消え去り他人や周囲との境がなくなり、一体化する」ような体験らしい。一種の悟りの境地だ。

 この二人は、ともに音楽への冒涜をしている。フレッチャーは音楽を通して多くの人を罵倒し傷つけ、ある者は自殺を選んでしまったほどだ。そしてニーマンはフレッチャーに対して個人的な恨みを、音楽を利用して果たそうとしたのだ。しかし、セッションが始まり無の境地に達してしまえば、そんな負の感情はすべて消え失せ、音楽は二人を純粋な体験に引きずり込んでしまう。音楽の前では人はみな平等に純粋になるのだ(そこに達するまで道を極めた者ならば、という条件付きだが)。この映画は、そんな強い、狂った力を音楽は持っているという、音楽への讃歌なのだと思った。そして、そんな超自然的な体験をさせてくれる音楽は人間によって作られるのだという矛盾も、この映画を魅力的なものにしている。

 これまで全然映画を観てこなかったけど、これを機に映画もたまに観るようにしようかな。

学振、一人暮らしにかかるお金の話

学振DCで一人暮らしをしたときに毎月どれくらいお金がかかるのでしょうか。特に気になるのは月に20万円で赤字にならないか、ということだと思います。というわけで、ここでは私の家計を一部好評したいと思います!学振が当たった方、これから学振に応募する方の参考にしていただければと思います。

============

家賃:4万

授業料:2.3万

年金・健康保険料・市税:4.5万(1.6+1.6+1.3)

光熱費+ネット:2万

食費:3.5万

計:16.3万円

============

 いやー、けっこう厳しいですね〜笑。残り3.7万円のうち1~1.5万円くらいは書籍代で消えるし、洋服買ったり日用消耗品を買って、ちょっと友達と旅行にいったら普通に赤字もありえます。なのでD2以降は貯金はほぼできないものと考えておいたほうが考えておいたほうがいいと思います。D2以降、というのは、かかる税金がD1の場合と違うからです。税金と保険料は前年の収入を基に計算されるので、D1の時点ではかなり安いですがD2になると一気に上がります。

 ちなみにこれはD2の4月の時点でのものです。授業料は半額免除です(学振持ちだと扶養から抜けて独立生計になるので半額免除になりやすいようです)。僕の場合地方都市にある大学に通っているので家賃はこれだけで済んでいるのですが、家賃が高い東京や京都にある大学に通っている場合はどうなるんでしょうか。20万では足りない気がするのだけど…。

生活のこと

昨日ローソンで買ったカフェオレと菓子パンを食べて、星野源のエッセイ『そして生活はつづく』(文春文庫)の続きを読んだ。これ、とても面白い。札幌で暇つぶしに本屋で買ったのだが、当たりの本だ。買ってよかった。
 普通の生活っていうのは誰にでもあるものだ。華やかなイメージのある芸能人でも、一般人と同じように家でご飯を食べるし、寝るし、排泄もする。いや、たとえ家がないホームレスの人でも、日々の生活はたしかにあるのだ。
 誰もが生活からは逃れられない。著者の星野源さんは、仕事を忙しくすることで生活の部分を極端に減らして、体を壊してしまい、その体験から「生活から逃げられないならいっそ、この生活の中に面白さを見出したい」という考えに至ったそうだ。そしてこの本には、日々の生活の中で感じたことが面白おかしく書いてある。
 インターネット、とりわけSNSが発達したことで、誰でも自分のことを発信できるようになった。そこでは日常よりも、「俺はこんなすごいことをした、こんなとこに行った」といった、自らの特殊性や非日常を切り取った投稿が溢れている。そんなものを見ていると、たまに自分はつまらない人間だ、無能な人間なんだと思えてくるときがある。そういうときこそ、生活に逃げよう。大して美味しくない料理を作って、食べて、お皿を洗おう。そしてできれば、その中から何か発見しよう。今日は卵焼きにちょっと多めに出汁をいれてみたら案外美味しかったとか、故郷にいるおばあちゃんに電話したら「あんた、ホンマに性格ええ子に育ったなあ」とほめられたこととか(笑。あまり特殊な体験をしていない(ように見える)著名な作家やアーティストがいるが、僕は、彼ら/彼女らは日常生活から創造性のカケラを集めているのだと思う。実際、村上春樹氏は『職業としての小説家』でそんなことを述べていたし、宇多田ヒカル氏も活動再開時のインタビューで似たようなことを言っていたと思う。(自分にとって)特殊な体験をしなくても、彼ら/彼女らにとっては生活が作品に直結するのだ。
 そしてできれば、そんな発見を言葉で記録できたら、と思う。思ったこと、日々の生活の中で感じたことはそのまま時の流れに捨ててしまってもいいのだけれど、この本のように、文字にするとこんなにキラキラと、彼(星野源さん)の日常が輝いていたことがわかる。もちろんその輝きは彼の感性と文才によるものが大きいと思う。普通の人が同じようなことをしてもこんなに魅力的なものは生まれないだろう。でも、我々にはしょーもない文章を書く権利がある。さらに、別に誰に読まれなくたって、インターネットの世界の片隅に、誰でもよめる形で駄文を残せる時代なのだ。まあ、インターネットで公開しなくてもいいけど。
 ただ、できれば、一年に一つくらいは、どんな形であれ誰かの役に立つものをかけたらいいなあと僕は思っている。

 

そして生活はつづく (文春文庫)

そして生活はつづく (文春文庫)