ルビスコくんの日記

とある博士学生の日記です。

がんばってるね

僕が今の研究室にいて思うことは、「褒め」が足りないということだ。それも圧倒的に足りてない。やはり、褒めてほしい、と思う。もちろん、褒めてほしい・認めてほしいから研究するわけではない。でも、もう少し褒めてくれたらもっとモチベーションは上がるのになと思う。うちの教授はあまり感情というものを表に出さないし、相手の感情を汲み取ったりしない(ように見える)。それでも研究室が成り立っているのは、教授の研究者としての相当な優秀さと、研究に関することについては学生をがっちりサポートするという彼の誠実な姿勢からと思う。ただ、僕のような出来の悪い学生からすると、研究面だけじゃなくて精神面も少しでいいから支援してほしいというのが本音だ。

 僕みたいに特にどことも共同研究をしていない博士学生は、一人で実験や解析を進めることが多く、研究活動を続けているとどうしても鬱々してきたり、勝手に自信をなくしてしまったりする。研究結果が出なかったり論文が掲載拒否されたりしたらなおさらだ。そういうときに、「がんばってると思います」とか「よくやってるよ」とひとこと言ってくれたら、よし自分は頑張ってるんだ、今は結果は出てないけど少なくとも良い方向には進んでるんだという自信が少しは出てくるだろうなと思う。ここで気をつけるべきなのは、「頑張ってください」じゃなくて「頑張ってるね」と声をかけること。だいたい、博士の学生なんてみんな頑張ってるんです。頑張らないといけないことなんて自分でわかっているんです。そんな人に「頑張ってください」なんて声かけてもプラスにならないどころかマイナスになる場合すらある。あと、良い研究結果が出たときだけ「よくやってるね」というのも意味がない。頑張ったから結果が出たのだし、結果が出たら言葉なんてもらわなくても勝手にやる気は上がる。うまくいかないときこそ、その努力している姿勢を褒めるべきなのだ。できれば普段の会話で、自然にね。

 甘いなあと言う声があるかもしれない。もういい大人なんだからモチベの管理くらい自分でしろと。けど、僕は自分が特別甘いとは思わない。この現代日本は、長い不況が続いたせいか自信がなく認められたがりが多い時代。部下のやる気を管理するのも上司の仕事の一つなのだ。それに、褒めには手間やコストなんてかからない。

 そして、僕ももっと後輩を褒めなければと思う。僕は彼らよりも経験があるから失敗にもけっこう慣れてるところがあるが、学部修士の学生は失敗にそこまで耐性がないことが多いだろう。今さらだけど、僕もそういう歳になってきた。自分のことだけじゃなくて、他人のこともちゃんと見なければね。

タフであるとは

村上春樹の小説を読んでいると、「タフ」という言葉を目にすることが多い。タフであるというのはどのような状態をいうのだろうか。タフさというのは、攻撃としての強さ、つまり相手を打ち負かしてしまえる強さという意味は含まれていない。攻撃を受けても負けないという意味で、防御としてのの強さのことをいう。ボクシングでいうと、何度パンチをもらっても立ち上がることのできる選手はタフであると言っていい。

 精神的なタフさについても、同じことが言える。僕が思う精神的なタフさとは、理不尽に対する打たれ強さである。人生は理不尽でしかない。いじめやパワハラ、親しい者の死、病い、戦争。時代や生まれた境遇によって左右されることも多い。そもそも望んでもいないのに、親の選択もできないでこの世に産み出されたこと自体が理不尽である。そして人生の最期には、(ほとんどの場合)苦痛をともなって独りで死んでいくのだ。もちろん人生はそんな悲しいことばかりではない。気心の知れた友人と笑いあえうのも、恋人を前に胸を踊らせるのも、家族とのんびりするのも、なにか新しい発見をするのもすべて幸せな瞬間だ。生きていれば、そんな幸せを感じられるときが必ずあるはずだ。だがそれとは無関係に、理不尽な出来事は必ず誰の人生にも降り掛かる。

 そのような自分を脅かす理不尽に対してどのような態度を取るか。これは問題によって使い分けられるべきだ。いじめや嫌がらせなどは逃げられるならそうするのが最善手だと思うし、真面目に向き合いすぎても完全に打ち負かされてしまったら元も子もない。戦争体験は人を(無理矢理に)タフにすると僕は想像するが、それは立ち直れた場合であって、凄惨な体験によってその後の人生になんの楽しみも見いだせなくなった人だってたくさんいるのだ。ただ、戦争のような特殊な事例は別にして、どんな問題からも逃げてばかりではタフさは身につかない。少しずつでいいから、逃げたりウジウジ考えたりするのをやめて理不尽を受け入れて現実と向き合っていければ、いつかタフさが身につくのだと思う。究極的には、この世で一番理不尽な自分の死を受け入れられればそれに勝るタフさはないのだけれど、まあそこまでならなくてもなあ。

「オ」から始まる・・・

ここのところ毎日新しいことを勉強できて楽しい。

教授と「ここの現象が重要だからまずこのモデルを勉強しよう」という話になって、ここ数ヶ月ほどずっと関連するモデルの勉強をしていた。それ自体は楽しくやっている。ただ、一通り勉強したら、じゃあこのモデルのどういうところが改善したほうがいいのか、とか、そういう話になってくる。僕がしなければいけないのは勉強じゃなくて研究なのだから当たり前だ。もちろんそれを念頭に置きながらやってきたのだが、いかんせんどこを弄ればいいのかわからない。一応既存モデルのコードを大雑把に確認し、実行してなんかそれっぽいグラフとかを出力できるようになったけれど、だから何って話で、何をすればいいのか、どこに注目すればいいのかわからない。一応自分の中でアイデアはあるといえばあるのだけれど、残り一年で終わるわけない。けっこうやばい。

 論文も3回連続で蹴られてるし、これはそろそろ、あの「オ」から始まるやばいヤツが、1年後という水平線の向こうから頭を出し始めたのが見えてきたということだ。

 修士のころ、D3年の夏になっても論文でてない(他研究室の)先輩を見て「うわーD3になってまで論文ないとかやべーだろ、オーバードクターするかもしれないし、かわいそうだなぁ」と思っていた(ちなみにその先輩はギリギリで投稿論文を間に合わせて3年で学位をとった)。ほとんどバカにしている。自分は研究ができる(≒論文が書ける)と(今となれば無根拠に)思っていたから他人事だったのだ。今、そのかつての先輩とだいたい同じ立場になった。自分としては今くらいの状況になってよかったんじゃないかと思っている。バカにつける薬はないのだ。これくらいがちょうどいいだろう。

なんとかこの状況を打破してやろうと前向きに考えている。

査読結果2

雑誌のエディタからメールが来てリジェクトになりました。

昨日まで一週間ほど投稿画面では”Major Revision”って出てたのですが、今日メールが来てサイト見てみたら”Reject”に変わってました。。

頑張ってResponse Letter書いてたのに…

まあ、別の雑誌に投稿するから論文修正して骨折り損というわけではないんですけどね。

これで論文通ったらそれにしたがって次の論文も投稿できると思ってたのですが、そんな甘くなかったです。

D2ならともかく、D3の4月でこれはけっこうこたえますね。。

投稿からリジェクトまで1ヶ月しかかからなかったし、コメントもらえたと思って切り換えて、別雑誌に投稿することにします。

査読結果

今月のはじめに投稿した論文の査読が終わりました(査読が早い雑誌に投稿しました)。結果は

Major Revisions

でした。論文の査読結果にはいくつか種類があります。Minor Revisionは細かいとこを修正したらOKなだけで、原則アクセプト。Major Revisionは大きく改訂が必要で、査読者のコメントにしたがって原稿を直してそれに査読者と編集者が納得したらOK。Reject, encourage resubmissionは、研究自体は面白いけど結論を支持するのに他の多くの実験や観測が必要だと判断された場合です。以前投稿したときはこれでした。最後にRejectはさようなら、って感じです。Major Revisionの場合、論文の内容を修正して査読者をきちんと納得させることができれば通るけど、査読者の要求への答え方によってはリジェクトされることも十分あるので、全然喜んでる場合ではないです。

正直あまり自信なくて、ひょっとして一回目の査読でrejectされるんじゃないかと思っていたのですが、なんとかMajor Revisionになりました。Rejectじゃなくてとりあえずほっとしています。査読者のコメントは、結構痛いところを突いてきててなんて答えたらいいかよくわからないのが多いのがつらい。教授は一通り査読結果を読んで

「まあ行けそうな気はするけどなあ」

とのこと。あんたの言葉信じるぜ!がんばります。

返答はまず全部自分で考えてそれを共著の先生に見せます。

この土日は休めなさそうだなあ。。

車輪の

先日、実家に帰ったんですが、その期間にヘルマン・ヘッセの『車輪の下』という小説を読みました。この本、買ったのはたしか学部生のころで、修士のころに読んだときはちょっとこれお堅いわね気分じゃないわと思って本棚にしまっておいて、それから何度かあった積読ブックオフ送りキャンペーンをくぐり抜けてしぶとく積読されてたのをやっとこの数日で読み切りました。

以下、感想です。この小説は有名なのでwikとかで普通にあらすじが読めちゃうのですが、何も知らないで読むほうがいい気がしますので、知りたくない人は「戻る」を押してください。

 

本当に、ほとんど救いがないです。とはいっても、多くのものを犠牲にしながら勉強して入った神学校でハイルナーに出会って、勉強の成績で人より上に立つことよりも大切なことが人生にはある、ということに気づけたことが真の救いなのだ、とも言えなくはないですが…。勉学よりもはるかに大切な、本当のことに気づいてしまった、気づけるだけの感性の鋭さを持っていたがゆえに迫害されてしまう、というのは読んでいてどうしようもないやるせなさを感じました。そして最後は本当にあっけなかったですね。学校やめて成績争いの螺旋から降りて、かつての親友のアウグストに導かれ機械工としてささやかな人生を送っていきましたちゃんちゃんで終わるのかなと僕は思ってましたから。

主人公のハンスには本当に、支えになってくれる人が神学校の親友ハイルナー以外誰一人いませんでした。そしてそのハイルナーも素行不良で退学させられいなくなってしまいます。根っからの俗物で自分の息子をほとんど人間として見ていない父親、権威を振りかざし同調圧力に屈しないなら平気で生徒を罵倒し傷つける神学校校長を始めとする教師たち、そしてその権威に従う生徒たち、自分に気があるのを知りながら全く女慣れしていない純粋なハンスをからかい弄ぶ女の子…。村の中で誰か一人、一人だけでも足を止めて彼を理解し話を聞いてくれる人がいれば、(そう、母親がいれば!)最後はあんなふうにはならなかったのではないかと思います(そういう物語なのだからこんなの言っても仕方ないけど)。結局彼は誰からも必要とされていなかったんです。自分という存在を認め、必要としてくれる人がいなかった、だから死んでしまった。生きている人間にとって本当に怖いことは誰からも必要とされなくなることです。家族をはじめ、無条件で自分の存在を認めてくれる人って、本当に大切にしないといけないですよね。いつも忘れてしまうんですけど、そういう大事なことに気づかせてくれる作品です。

眠れない。

ここ2,3ヶ月、眠れない夜が多くなってきた。

別れた人のことを際限なく思い出してしまう。

日中は、なるべく考えないようにして、研究室では目の前のことに集中しようとしている(でもあまりできない)し、それ以外の時間もできるだけ他のことに気をそらそうとすることが多くなった。

一番の問題が布団に入ったあとだ。なにか別のことをしていると寝れないし、かといって電気を消して布団にもぐりこんだら、すぐさま思い出が洪水のように押し寄せてきて、喪失感やら、後悔やら、その反対にこれは仕方なかったんだという慰めの気持ちやらでいっぱいになる。

それがつらいから布団のなかでもYouTubeで動画を見たりしていると、目が冴えてきて夜中の2時3時まで起きてしまう。

そうなると朝起きられない。

毎日毎日過去のことを思い出していると、なんだか日常に現実感がなくなってきた。

この前音楽を聞いていると、aikoが「毎日が昨日のよう」って歌ってて、本当にそんなことってあるんだあ〜と身にしみた。aikoってすごい。今でも人々がaikoの歌を求めている理由がわかった気がする。

とはいえ、どうにもならないのも、いつまでも後ろを向いてもいられないのもわかっている。

学位審査まであと1年を切った。

なんとかせねば。。

札幌に帰りたい。

札幌に帰りたい。こんなことを思ってもしょうがないのだけれど。どうも今の場所の気候が自分にあっていない、というか札幌が僕にとって快適すぎたのだ。

札幌は最高だった。不快な季節はといえば道路の氷が溶けて道が水たまりだらけになる3月~4月の一ヶ月弱くらい。一軒家を持たなければマンションの管理人が雪かきをしてくれるから、雪かきの苦労をする必要もない。

冬は寒いけど、僕はもともと寒さに強いほうだし、何より建物がちゃんと防寒対策(二重窓やセントラルヒーティングなど)バッチリだから全然寒くない。

夏は湿度が低いせいで、30℃を超えても全然不快ではない。ちょっと木陰に入るとカラッとした涼しい風が吹いて熱を冷ましてくれる。

そしてなにより花粉がない。北海道にずっと住んでる人だったらシラカバ花粉で花粉症になる人がいるけど、憎き本州のスギに比べると生えている密度が違うから症状も軽い。本州に住んでいるとこれからの季節が本当に憂鬱になる(しかも今年は例年の2,3倍?殺す気ですか?)。

食べ物も美味しい。空が広い。道路も広い(冬は狭くなるけど)。人はのんびりしてて優しい。女の子は可愛い。街と自然の距離が近い。

それに比べて今の場所は…。ちょっと北にあるせいで中途半端に寒いし、寒さが中途半端なせいで建物に断熱の工夫をするという発想がない。東京と同じものを建てましたって感じ。まあ、これ以上は言うまい。

それが普通の街なんだって自分を説得してるのだけど、どうしても札幌と比較してしまう。

2019年のPROMISE

去年は、この時期に2018年の抱負を立てなかったせいで、年始に掲げた目標がどれくらい達成されているか確認できないというあまり面白みのない年末になってしまったので、今年はちゃんとここに書いておこうと思います。

  • 投稿論文を書く
     めちゃくちゃ大事です。今、もうすぐ博士後期3年なのですが、科学雑誌に受理された論文は0です。最低でも1報は受理されないと博士号の学位審査に通らないので、頑張らないといけません。しかも、雑誌に投稿した論文が査読(雑誌に載せる価値のある内容かが審査される)されるのに半年かかる場合もザラなので、急がないと卒業に間に合わないということも充分ありえます。僕は急ぐのが嫌いなのでここまで先送りしてしまった。状況としてはけっこうやばい。
  • 観測をする
     博士の研究が去年はほとんど進まなかった。今年はもっと気合いを入れて、準備して、観測をして、モデルも動かして解析をします。計画を立てないといけないのだけれど、まだまだ。投稿論文も大事ですが、実際はこちらのほうが大事です。
  • 勉強をする
     これは、まあ科学をする身としては当然かな。ちなみにここでいう「勉強」には、自分の研究に関連する論文を読んだり教科書を読んだりすることだけでなく、自分の専門とはまったく異なる基礎事項の勉強も含まれています。
  • 就活
    ポスドクの職探し、がんばります。どういう分野にしようか、国内か海外か。これから考えます。下に書くことと関連するのですが、思いっきり違う分野に飛び込んでいくのもいいかなと思っています。

ここまでは、どちらかというとそこまで重要ではない(笑)、目の前の目標。一番大事なのは、

  • 慣れから脱却することを繰り返すこと
    僕はあまり変化を好まない傾向があるようで、日々の様々なことに対して、どうしても保守的になってしまいます。日々の様々なことというのは、聴く音楽や読む漫画や本、行くカフェ、通る道、作る夕食のメニュー、研究における作業など、本当に様々なことです。自分が普段慣れていることを繰り返すだけの毎日になってしまうと、自分が馬鹿になっていくような気がしてなりません。「この状況に慣れるにはどうすればいいか?どうすればこの状況を心地よくできるか?」に頭を使うことが減ってしまうからです。そうなると、どんどん時間が経つのが早く感じられるようになるだろうと思うわけです。なので、できるだけ自分が普段やっていることから逸脱することをやっていきたいです。そのたびに自分の中ではストレスになるかもしれないけれど、意識的に慣れから脱却していきたい。

2018年はどんな年だったか。

今年も残すところあと少しですので、今年一年を振り返ってみたいと思います。

なんか、9月以降が濃厚すぎて前半に何をしていたのか、あまり詳細に覚えていない。

7月くらいまでは、実験を頑張っていた。だが一連の実験の結果が出揃ったころから、自分がやっている研究について意義を見いだせなくなって、研究について何もしたくなくなった。1ヶ月弱、研究室に行かず家に籠って映画やアニメをみたり図書館とカフェに入り浸って本を読んでいた。共同研究者の先生と、ネットで知り合った親切な企業研究者の人と、指導教員が相談に乗ってくれて、ようやく立ち直ることができた。研究室の後輩やポスドクの方もアドバイスをくれて、この研究室にきて本当によかったと思った。「自分が対面している問題についてどう考えたらよいか?」ということについて実際に一番役に立ったのは企業研究者の方のメールだったのだが笑、対面で話を聞いてもらうのもかなり心情的に救われたしその中にも有効なアドバイスはあった。(これは副次的な話なのだけど、この研究室を選んだ僕は、けっこう人を見る目があるのかもしれないな、なんて思って少し自信がついた)。

9月に彼女と別れて、10月に祖父が亡くなって、そして12月に実家の愛犬も亡くなった。今年は別れの年だ、といっていい。

その一方で、今年は自分の中でどう生きたいのか、ということについてよく考えた。いったい自分が大切にしたいことは何なのか。日常のなかで、少しずつだが自分の理想が構築できてきたのを、最近感じている。まだまだこれからだけど。20代のうちには固めたい。

この間、そんな一年を振り返ってみて、涙が溢れてきた。ある海外ドラマで「一年を振り返ってみて涙も出ないなら、それは一年を無駄に過ごしたってこと」というセリフがあるのだが、その通り、この一年はとても充実していたと思う。でも、「充実する」っていうことがこんなに、寂しさと、悲しみと、希望と、不安がごちゃごちゃになった混沌とした状態も含みうるとは、思っていなかった。

最後に、今年はどういうわけかこのブログを定期的にチェックしてくださる方が出てきました(ありがとうございます)。いっとき、それが少し嬉しくて頑張って書こうとしていたのですが、今振り返ってみると書くために書いていたようなところがあったように思います。来年はそういうことはせずに、ゆっくり考えて文章を書くように努めます。